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社会教育がより良い未来をつくる

こんにちは、サニーリスクマネジメントです。

今回の記事では、社会教育としての体験・教訓の継承の重要性についてお伝えします。これまで日本だけでなく世界各地で災害・戦争・事件などさまざまなクライシスが発生し、多くの人々の生命・安心安全や財産が脅かされる事態が繰り返されてきました。19万年強というホモ・サピエンスの歴史の中で、私たちはクライシスが発生するたびにそれを記録として文書・叙事詩・絵画・像・標・遺物の保存・写真・音声・映像・式典など様々な形で残し、後世に継承しています。特に写真・音声・映像など見たまま・聞いたままの状況を記録できる方式や遺物の保存技術が向上してからは、そのクライシスによる被害や影響のありのままを伝えることができるようになりました。


「社会教育」というと「教育」という言葉がついているからこそ学校や教育機関の役目に終始すると思われることも多いですが、実は「社会教育」で重視すべきは「社会」。地域や国家、ときには世界という横に広がる社会、過去・現在・未来という縦に広がる社会など多角的に見た社会を包摂して展開されるのが社会教育です。教育機関で実施される避難訓練や歴史などについての教育、学問の教授は当然ながら社会教育に含まれますが、このほかにも正確で緻密な考証やフラットな視点のもと構成された歴史映画や記録映画の鑑賞、記念日報道、ダークツーリズム・ホープツーリズム、リスク・クライシスに関する展示会や博物館・記念館の見学、体験談を聴くこと、手記を読むこと、専門家やプロの方々に質問をしたり話したりすることなどその手段は多岐に渡ります。この他にも企業が事業活動として展開している危機管理産業も社会教育と捉えられ、サニーリスクマネジメントが提供させていただいているこのブログやInstagramで更新しているコラムもその一環です。


社会教育の役割は諸説ありますが、一例として①風化防止、②教訓を生かすこと、③次世代への継承が挙げられます。①風化防止は、体験談や記録を通してクライシスが発生したという事実やその影響を保存し、その出来事が忘れられることを防ぐという役割です。例えば広島市の原爆ドーム(広島平和記念碑/旧広島産業奨励館)は被爆時の衝撃波や火災による被害をありありと残す被爆建造物で、世界文化遺産・史跡として保存され国内外から多くの人がその地を訪れ、平和について考える場所となっています。②教訓を生かすことは、クライシスの記録から教訓を得たり、その教訓を後世に活用したりする役割です。災害からの避難や復旧・復興に関する教訓として伝えられているのが「稲むらの火」というエピソード。紀伊国広村(現和歌山県広川町)の実業家であった濱口梧陵が1854(安政元)年の安政東海地震において、暗中で津波から逃げ惑う人々の道標として稲むらに火を点けて退避先へ誘導したほか公共事業として広村堤防の建造を行うなど迅速な避難と村の復旧・復興に努めたというお話です。実際に広村堤防は、1946(昭和21)年の昭和南海地震でも町を津波から守りました。彼の残した「百世の安堵を図れ」(永遠にも匹敵するような長い年月にわたって安心して暮らすことのできる社会をつくる)という言葉は現代にも通じる教訓でしょう。③次世代への継承は、そのクライシスを知らない若者や子どもたちを中心に体験談や記録をもって伝承することです。クライシスの後に生まれた人にとっては、たとえその事実や影響について知ったとしても歴史の一部としてしか認識できず、肌で感じたり具体的にイメージしたりすることが難しいものです。そこで、遺構や遺物、体験談などが非常に有効な手段となります。遺構等の保存には長年にわたり賛否両論の意見が交わり、体験談についても全ての体験者のかたに話してくださることは当然ながら難しいですが、実際に目にしたり、目にした光景や当時の状況などを聞いて想像したりするだけでも、受け手はそのクライシスを疑似体験することになるのです。よりリアルに近い経験は、当事者意識を生みます


このように社会教育には様々な役割や効果があり、体験や教訓の継承はその後の危機管理を形作るものとしての重要性を持っています。社会教育は復興後からリスク発現前のフェーズのコミュニケーションとして、リスクコミュニケーションとクライシスコミュニケーションの両方に当てはまります。ただクライシスに遭遇してそこから復旧・復興しただけで終わるのではなく、他地域や次の世代へと継承していくことも忘れてはなりません。




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