平成28年熊本地震から10年─令和8年熊本地震で見えた災害対応の変化
- Hinata Tanaka

- 8 時間前
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※この記事は、平成28年熊本地震第13回政府現地対策本部会議/第16回熊本県災害対策本部会議資料及び令和8年熊本地震に係る第6回政府非常災害現地対策本部会議/第13回熊本県災害対策本部会議資料をもとに構成しています。令和8年熊本地震に関する詳細・最新の情報については国・自治体・企業等のWebサイトをご覧ください。(最新情報はこちら(国土交通省防災ポータル))
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☝️この記事のポイント:
平成28年と令和8年の熊本地震は、同じ地域で起きた災害でも被害の様相が異なる
10年間で災害対応の捉え方や情報の伝え方も大きく異なっている
引き続き余震や熱中症に注意、被災地外の人もその場でできる支援を
こんにちは、サニーリスクマネジメントです。令和8年熊本地震で被災された皆様に、心よりお見舞い申し上げます。発災から1週間が経過し時折やや大きな余震も発生する中で、市町村や県・国といった行政機関やそれと連携した組織・企業が復旧に向けた絶え間ない活動を続けています。また、一部では二次避難所への移動やボランティアの受け入れといった復旧への活動も本格化してきました。
この記事では、平成28年熊本地震における4月16日の地震から6日後に実施された県災害対策本部の資料と、令和8年熊本地震における7月28日の地震から6日後に実施された県災害対策本部の資料に記載された内容を比較し、近い地域・似たメカニズムで発生した災害に対して、復旧の速度や内容、資料での情報公開の様式などを比較しながら、令和8年熊本地震で見えた災害対応の変化を探ります。平成28年熊本地震と令和8年熊本地震は全く同じものというわけではなく災害の状況や技術的状況が大きく変動していることから、完全に比較できるものではないことをご了承ください。
【目次】
同じ「熊本地震」でも災害の姿は異なる
まずは平成28年熊本地震と令和8年熊本地震における地震活動がどのようなものであったか、単純な比較は難しいですが、2016(平成28)年4月14日、同月16日と、2026(令和8)年7月28日というそれぞれの災害における主要な地震時活動を見てみると、令和8年熊本地震が単に「平成28年熊本地震の再来だ」と表現できないほどに異なる様相を持っていることがわかります。
どの地震も熊本県熊本地方に震央を持つ浅い内陸の地震(直下型地震) であるものの、平成28年は布田川断層帯と日奈久断層帯の高野ー白旗区間で、令和8年は日奈久断層帯(同断層帯の北東部と高野ー白旗区間の一部)と活動の区間がやや異なっています。地震の活動パターンを見ると、平成28年は震度7から震度6弱の余震が短期間で何度も発生しており、これが平成28年熊本地震での被害の甚大化や被害把握・行政の対応に影響を及ぼしていることが窺えます。令和8年熊本地震でも余震が多く確認されているものの平成28年ほど大きなものが繰り返し起きているわけではありません。震度7を観測した場所は平成28年では熊本市の東にあたる益城町や西原村、令和8年では熊本市の南にあたる宇城市や氷川町と位置にも違いがあるほか、平成28年の地震活動は大分方面に広がった一方で令和8年では熊本県南部にあたる熊本県天草・芦北地方での活動も一定数みられており、それぞれ異なる動きを見せている可能性があります。
また、地震そのものの強さとしてマグニチュードを比較すると平成28年はM7.3、令和8年はM7.1と後者の方がやや小さく見えますが、どれだけ力強い揺れがあったのかを表す加速度を比較してみると、平成28年は1,791gal(大津町)である一方、令和8年は2,438gal(豊野町)と大きな違いが現れています。両者は観測点が異なるため単純比較はできませんが、後者の方がより大きな揺れを伴うものであった可能性があります。また平成28年と令和8年の地震の両方で長周期地震動(長くゆっくりとした揺れ)階級4を観測しており、高層建築にも影響を与えるような揺れであったことがデータから推測できます。
これらの比較から分かるのは、同じ地域や同じ最大震度7を観測した地震であっても、活動した断層の区間や強い揺れの現れ方が異なれば被害の様相も変わるということです。似たタイプの地震でも被害が変わりうるので、過去の災害のイメージだけに頼らず、地域ごとのリスクを定期的に見直す必要があります。
被害の把握から社会全体の把握へ
ここからは、上記の地震活動の違いを踏まえながら、平成28年熊本地震と令和8年熊本地震における災害対策本部資料の内容を比較し、救助や緊急支援を中心とした活動を中心とした発災期から地域の復旧に取り掛かり始める復旧期(I)に移行した時期の国や自治体による対応について考えます。
図1の災害フェーズにあるように、発災から72時間つまり3日は概ね被害の把握や救助、緊急支援が中心の時期です。そうした喫緊の活動のニーズが落ち着いてくると、復旧期(I)に入りインフラの復旧や建物の応急危険度判定、災害ごみの処理や災害ボランティアの受付など、日常生活の継続に加えた災害に対する特別の活動が進められます。この災害フェーズを踏まえながら、大きな地震から6日が経過した平成28年熊本地震と令和8年熊本地震の被害と災害対応を見ていきます。
人的被害や住家被害、ライフライン、交通や公共施設については、復旧期に入るとその様相が明らかになり応急対策が講じられる部分も増えてきます。平成28年は大きな地震が相次いだこともあり、この段階での資料では被災状況や断水戸数、避難者数などの数的な情報が中心として公開されています。一方令和8年の資料ではそうした被災状況はもちろんのこと、さらにそこから踏み込んで「いつ頃復旧できそうなのか」「点検や支援の受け入れ状況はどのようになったのか」といった項目を、緊急度の高い順に優先順位を決めて対応していることが窺えます。
令和8年熊本地震でより迅速に被害確認と対応の検討ができているということには、地震そのものの影響の大きさを抜きにしても、自治体と県下の各社との連携、自治体と国の綿密な情報共有といった日頃から積み重ねてきたものが現れていると考えることができます。どこが被害を受けているのかという被害の共有が中心であった平成に対し、被害を踏まえてどのように復旧していくのかというプロセスを早期に動かしているのが令和の特徴です。
生活を維持する避難へ
避難生活に関しても、平成28年と令和8年では大きな違いがあります。それは、避難所が危険を避け命を守る場所という機能だけでなく、生活再建までの中継拠点としての役割を持つようになっているということです。
平成28年の資料における避難所に関する報告では、体育館や公民館への避難が中心であり、そうした項目に加えて保健師による健康観察や災害時要配慮者を対象にしたホテルの提供などが記されていました。それが令和8年になると、ペットとの同行避難ができる避難所の確保や希望者を対象にした近隣のホテルへの二次避難、熱中症・エコノミークラス症候群の防止に関するチラシやテレビ・ラジオ・インターネットでの広報、モバイルファーマシー(移動薬局)、早い時期からの心のケアの支援など、災害対応を支える技術の進化とともに、被災者がライフスタイルに合わせて避難先を選ぶ選択肢が増えたり、被災者自身が普段となるべく近い健康状態で生活することができたりするための支援が重点的に行われています。
また、令和8年では応急仮設住宅の建設やみなし仮設住宅に関しても早いうちから検討されており、避難所からの移動が平成28年よりも早く進む可能性があります。避難所の中には学校の体育館やコンベンションセンターを使用している場合もあるので、こうした場所から仮設住宅への移動が早く進めば、それだけ学校や会議場などが授業の場や会議の場といった通常の機能を速やかに復旧させることにも繋がるでしょう。
復旧の早期化
さらに、令和8年の資料では平成28年の資料にも含まれていた被害状況や応急対応、支援物資だけでなく、応急仮設住宅の準備状況や被災した事業者の支援や金融関係の相談窓口、地域の主要産業でもある農業や林業におけるサプライチェーンの維持に関する情報が多く共有されています。
令和8年熊本地震では、熊本県内でも様々な農作物や材木などを産出している県南部が被災したことにより、農作物などの生産だけでなく、選果場や加工場、集送センターなどの農林業に関わるロジスティクスへの影響が顕著である一方、それらの応急対応も進められているのが特徴です。
また、産業における被害の把握方法としても、平成28年は被害件数や内容が中心であったのに対し、令和8年は被害額が把握の指標として表れていることも特徴的です。被災者の生活再建も事業者の事業継続や復旧も、ロジスティクスの復旧も、根本的には地域経済を止めず損失を最小限にすることが重要ですから、早期に被害額の推計を把握することやロジスティクスの状況を共有することも速やかな事業継続や復旧、そして地域経済の維持に関わります。
このほかにも、令和8年熊本地震の資料では早期に文化財への対応も発表。一般の建築物とは異なり特別で繊細な対応が必要な文化財は、単に治すべき建物というだけではなく、その地域の歴史や魅力を代表するものでもあります。こうした文化財の修繕にも早い段階で取り組み復旧を進めることは、被災者や被災地と関係のある人々の心の支えにも繋がるでしょう。
行政対応は内部調整から社会とのコミュニケーションへ
平成28年の資料と令和8年の資料では、その性格に大きな違いがあります。それは、前者が被害報告や対応状況といったまさに自治体と国の関係者間でのコミュニケーションに終始した資料である一方で、後者は支援制度や問い合わせ先、住民に対する情報提供、ソーシャルメディアやマスメディアでの広報、避難所などで健康のために被災者の方々にとってもらいたい行動などの広報といった事業者や住民に向けた情報を多く添付しています。これは、災害対策本部会議資料が自治体のWebサイトを通じて誰でも見られるようになったからこそ、自治体と国だけでなく、自治体から市民への直接のコミュニケーションが成立する例だといえます。
また、令和8年の資料で特筆すべき点として、カスタマーハラスメントなどに該当しうる電話などに対応するための外線電話の録音を周知したと明記している部分があります。災害時に被災者のニーズに合わせた対応を取るという目的で市民の声を聞くことは必要ですが、復旧に関係のない話も含めて全ての電話を取っていては、本当に必要な問い合わせを受けられないこともあります。災害時は限られた人員を適切に配分し、夜を徹して対応しなけければならない場合も多く、職員は通常よりも多くの業務をこなさなければなりません。一方で災害対応において現場で動いたり今起きていることを把握して指揮したりするマンパワーは不可欠であり、そうした職員の必要以上の対応を減らす仕組みと広報もまた、円滑な復旧には欠かせないでしょう。
需要に基づく支援としてのボランティア
平成28年から令和8年の10年間での災害対応の変化を大きく表しているのが、災害ボランティアです。2つの災害の規模の違いという点もありますが、平成28年は「ボランティアに来てくれた人に、被災者のためにどんな活動をしてもらうか」という視点だったのが、令和8年では「被災者のニーズに合わせてどのような人やボランティア内容をどこに届けるか」というニーズの把握と需要に基づいた人員の配分がなされています。
ボランティアセンターも全ての地区で立ち上げるというわけではなく、比較的被害の少ないところでは通常のボランティアセンターを稼働させるところもあれば、被害の大きかったところでも被災と復旧の状況を把握してからの災害ボランティアセンター立ち上げや、住民のニーズを把握してからのボランティア受け入れ開始など、地域の現状に合わせて被災地側がイニシアチブを取るボランティアセンターの運営が行われています。
特に印象的なのは、益城町での第1期災害ボランティアの受付停止です。平成で特に被害の大きかった益城では、令和でも多くの人がボランティアに入ったようですが、このボランティアセンターでは1つの時期で受け付けるボランティアの人数に制限をかけており、それ以上は受け入れない、つまりボランティアセンターが把握できるだけの人数だけを受け入れているということがわかります。災害ボランティアは被災地に負担がかからない形で実施することが鉄則ですが、それをボランティアに来る人だけに適用するのではなく、被災地のボランティアセンター自身も被災地への負担を作らずボランティアの支援を受ける仕組みづくりをしている点に、災害対応の変化が大きく表れています。
令和8年熊本地震で見えた災害対応の変化と発災から1週間後の過ごし方
平成28年熊本地震と令和8年熊本地震の復旧期における資料に記載された内容を比較検討し、前者はそれまで発生確率がそれほど高くないとされていた大規模な直下型地震に対し、被害を把握しながら対応を進める段階が長く続いたことが窺えます。
一方、令和8年熊本地震では、平成28年での教訓やそれ以降の全国各地で発生した災害の経験を踏まえ、災害が起きる前からリスクマネジメントとして行政と企業の協定や連携を進めたほか、復旧期の初期の段階で、本格的な復旧や生活再建、社会機能の維持といったマクロな部分を包括的に見据えた対応が進められていることがわかりました。
令和8年熊本地震では、発災から1週間以上が経過しても余震が続いています。時折やや大きな地震が起きており、また酷暑の中での避難生活や復旧が続きますので、熱中症などにも注意が必要です。罹災証明書などの申請が始まる時期でもあるので、こまめに自治体からの情報を確認いただければと思います。
また、被災地外の方も、自治体などによる公式の情報を確認することや、ボランティアや物資などの支援はお住まいの社会福祉協議会などを通して行うこと、募金や復興後の観光など今その場でできることや今後できる形での支援を検討していただくことで、被災地の円滑な復旧を支えることができます。



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