ポストトゥルース時代における判断力
- Hinata Tanaka
- 4月16日
- 読了時間: 9分
こんにちは、サニーリスクマネジメントです。
今回のテーマは、以前取り上げた「ポストトゥルース」です。2025年1月からドナルド・トランプ氏が米国大統領に再就任し、世界は米国の「自国ファースト政策」に揺れています。「ポストトゥルース政治」の主要な使い手であるトランプ政権が再び興ったことをきっかけに、ポストトゥルースについて改めて知るとともに、ポストトゥルース対策について見ていきましょう。
【目次】
ポストトゥルースとは何か
ポストトゥルースを簡単に説明すると、世論形成において「事実より感情や信じたいことが優先される状態」であるといえます。ポストトゥルースは「ポスト真実」とも呼ばれており、この語頭に付く「ポスト」という単語が「その次の」というニュアンスを持っているため、事実が二の次になる状態というイメージが掴めるかと思います。
Marshallら(2018)は、2016年にイギリスのEU離脱に関する国民投票に際しての政治(ブレグジット政治)と国民投票をもとにポストトゥルースの正体について検討しました。この研究によれば、「SNS関連技術の変化」と「伝統や専門知識に対する不信感の高まり」という2つの要素の組み合わせから、イギリス国民が感情優位の意思決定をする傾向を以前よりも多く持つようになったことが明らかになり、ポストトゥルースは政治やメディアで使われる小手先のテクニックではなく、世間で注目されるようになった新しい現象であるとしています。
ポストトゥルース時代の到来
2016年のブレグジットをきっかけとして耳にすることが増えた「ポストトゥルース」。感情優位の意思決定は、何も2016年にパッと現れたもの……というわけではありません。古来、「直感」で選択したり、「好きなほう」を選んだりすることはありましたし、選挙で投票する候補者を選ぶ際も「この人は親近感が感じられる」、「雰囲気が好きだ」という理由を持つ人は少なからずいたでしょう。
ただ、その傾向が顕著に現れたのが、ブレグジット政策が進められイギリスのEU離脱が決定した2016年であり、それ以後にブレグジットと同じような形式の情報発信や世論形成が世界中で進み、ある種のスタンダードとなっていることから、現代は「ポストトゥルース時代」と呼ばれています。
なぜヒトは事実より感情や信念を優先するのか
ここまで「ポストトゥルースとは何か」について簡単に見てきましたが、ここからは、「なぜポストトゥルース(事実より感情が優位な状態)がヒトに起こるのか」を掘り下げてみましょう。
「なぜ事実より感情や信念を優先するのか」という疑問に対する単純な答えは、「心地よいから、楽だから」と言えるかもしれません。事実を元に意思決定をするには、事実そのものやその背景の理解、事実とそれに関連する情報の理解、事実が自分の考えと一致・近似しているかの判断あるいはすり合わせという主に3つのプロセスが必要です。しかし、感情や信念で意思決定をする場合、情報の真偽に関わらず「なんかいいと思う」「感動した」「信頼するあの人が言っていた」など感情の動きのみという非常にシンプルなルートで情報を信じることができるのです。考えなくても意思決定ができるので、情報が氾濫する現代で「多くの情報を判断する」という点ではある意味合理的な方法かもしれません。
ただ、この判断方法の裏には「確証バイアス」という心理作用が働いています。これは人間誰しもが持つ特性で、自身の先入観や信念を肯定し、それを支持する情報のみを集め、反対に否定する情報は無視したり排除したりするというものです。ヒトは知らず知らずのうちに「信じたいものだけを信じる」ように設計されています。
また、この性質はメディアにおける情報の偏りにも現れています。例えば新聞社やテレビ局には、それぞれターゲットとする読者・視聴者層が政治思想や支持政党、社会階級によって異なっており、自ずと記事や番組の内容もそれらに合わせて構成されるようになります。政治思想という観点だけから考えても、世界のメディアは極右から極左までさまざまな立場のものがあり、また中立的な立ち位置のものがあり、一部プロパガンダ用と化したものもあり……と多種多様です。特定の新聞社や放送局だけに触れて過ごしていると、得られる情報や考え方も偏りやすくなります。
日本のマスメディアにおいては、放送基準や倫理規定の中で「報道の責任」として事実に基づき公正であることが放送局・新聞社ともに定められており、さらに放送局については個人のプライバシーを不当に侵害したり名誉を傷つけたりすることや視聴者に誤解を与えない表現への注意が、新聞社については記者個人の立場や信条に左右されない報道や独立性の確保、プライバシーへの配慮とそれを欠いた場合の速やかな訂正・反論の機会提供が基準や規定に明記されています。こうしたことから、日本のマスメディアはそれぞれの傾向がありながらも、一定の倫理的な枠組みの中で情報を発信していると考えることができます。
感情を揺さぶる情報に振り回されないために
近年SNSの普及と成長によりマスメディアの勢いは衰えるばかりだけでなく、マスメディアに対して不信感を持つ人さえ現れているのが現状です。そうした人々の一部は、口を揃えて「皆マスゴミに騙されている‼️SNSにこそ真実が書かれている‼️マスゴミはこの『真実』は都合が悪いからひた隠ししている💢」と言うでしょう。では、そんなSNSにおける情報発信はどのようなものでしょうか。
SNSにもプラットフォームごとに利用規約があります。ただ、マスメディアと違いSNSで情報発信をする全ての人や団体に共通して適用される倫理規定はありませんし、そもそも様々な国や考え方の人が利用するSNSでそれを規定するのは無理があります。また、SNSはアカウントさえ持っていれば誰でも発信できますし、あまりにもグロテスクであったり、犯罪に関連していたりといったコンテンツを除けば、大体のものはプラットフォーマーから削除されることなく残ります。デマでも、フェイクでも、何でも。視聴者を自らの意見に賛同させるために過剰に感情に訴えたり、事実無根の情報を元に投稿したりすることもあります。過激な発言も、特定人物への誹謗中傷も、規制されなければ「なんでもアリ」です。
玉石混交の情報が溢れるSNSは、マスメディアよりも「信じたいことを信じる」傾向を促進させるメディアです。SNSには、①フィルターバブルや②エコーチェンバーという情報の偏りが顕著に現れます。Sunstein(2007)は、①フィルターバブルを、「その人の目にする情報が自身の価値観の泡(バブル)の中で孤立すること」と定義しています。この背景にはSNSに組み込まれたアルゴリズムが関係しており、その人が望んでいなくても「いいね」を押したり長時間視聴したり、あるいはコメントや保存、リポストをすることで自動的に同じような投稿がおすすめされることで、徐々に情報の幅が狭くなっていきフィルターバブルが完成します。②エコーチェンバーについては、「SNSで発信すると自分と似た意見が返ってくること」であると笹原(2018)が説明しています。SNSで自分と似た興味や関心を持つユーザーをフォローしあうことで、より自身の興味のあるコンテンツがおすすめされやすくなるのです。エコーチェンバーの発生によってフィルターバブルもさらに加速します。
このようにSNSにはマスメディアとは異なる特性があり、すでにフィルターバブルの中に閉じこもり、エコーチェンバーの中で反響し続けている人は少なくないと考えられます。こうなると、もうマスメディアのことは信じられません。なぜなら、SNSが自分にとって都合の良い情報を次々に提供してくれるメディアだからです。ポストトゥルースにのめり込むと、都合の良い情報を提供してくれるものを正義と、反対に事実であっても自身の考えと異なるものや都合の悪いものを提供するものを悪と考えてしまうのかもしれません。
ポストトゥルース時代に優位な「感情を揺さぶる情報」に振り回されないためには、次の4つに留意することが必要です:
✅誰が情報元なのかを明らかにする
(公的機関・政治家・専門家・企業・インフルエンサー・一般人など)
✅複数の情報源で比較する
(国内外のメディア・立場の異なるアカウント)
✅感情的になった時に「ひと呼吸置く」ようにする
(「6秒ルール」など、まずは深呼吸)
✅根拠のある数字やデータで語られているかを確認する
(”数字は嘘をつかないが嘘つきは数字を使う”)
物事を論理的に判断するための習慣づくり
ポストトゥルースの対策として、日常で試すことのできる小さな手法が多く存在します。以下はその例です:
・自身のバイアスの傾向を知る
(チェックリストや診断ツールを活用/メタ認知)
・意見・感情と事実を分けて考える練習
(事実と意見に線を引いて文章を読む/景色を観察しながら事実を書き出す)
・すぐに信じない、一度疑う癖をつける
(仮説として受け止め、それを公的機関の情報や学術の側面から検証する)
・異なる立場の意見にも触れてみる
(立場ごとにどの部分が異なるのか、なぜそう考えるのかなど背景を整理する)
特に自身のバイアスの傾向を知ることや、意見・感情と事実を分けて考える練習は、他者との会話や読書・情報収集の合間に行うことができる効果的な方法です。これらを通して批判的思考力を高めておくと感情よりも事実で物事を判断することができるようになり、ポストトゥルースの対策とすることができます。
ポストトゥルース時代を賢く生きる方法
客観的事実よりも感情が優位となる「ポストトゥルース」、そしてそのポストトゥルースが浸透した「ポストトゥルース時代」。この時代を生き抜くには、感情や心に訴える言葉に流されることなく、冷静に事実に目を向ける姿勢がより重要となります。
社会に溢れるさまざまな情報、特に政治や社会情勢、事件事故、災害、医療、健康など生活と密接するものや恐怖を覚えるようなトピックは、デマやフェイク、陰謀論が生じやすいため、特に知ること・疑うこと・確かめることの3ステップを意識して向き合う必要があります。
一人でも多くの人がまずポストトゥルースについて知り、上記の対策やリテラシー向上を通してポストトゥルース時代を生き抜く力を伸ばすことで、社会全体の情報流通や世論の構成が健全なものであることにつながります。

Comentarios