
長崎から考える危機管理
長崎に立ち、歴史と地理、人の営みから危機管理を考え、
災害・公共安全・サイバーセキュリティ・安全保障などの多角的なリスクを整理。
地域から全国・世界へと接続する危機管理の可能性を提示します。
災害とレジリエンス
世界的に地震の多い日本の中で、長崎は大きな地震が比較的少ない地域とされています。しかし、無感地震は決して少なくなく、地震活動が小さいとは言い切れません。
また、梅雨前線による長雨や線状降水帯に伴う突発的な豪雨と洪水・土砂災害のリスクも抱えています。近年は地球温暖化の影響によって気象の傾向が変化し、例年長崎付近を通過していた台風との向き合い方も変わりつつあります。
長崎の災害史を振り返れば、長崎大水害、諫早大水害、雲仙普賢岳の噴火などがありました。しかし、技術の進歩や、数万年単位で動く地球活動の周期の長さ、そして世代を重ねる中で、災害の記憶は少しずつ薄れていきます。
さらに、東日本大震災のような広域災害や、今後発生が想定されている南海トラフ巨大地震、あるいは近隣地域で発生した福岡県西方沖地震や熊本地震のような局地的災害によって、間接的な影響を受ける可能性もあります。加えて、日本有数の有人離島を有するという地理的特性もあり、人流や物流にも影響します。
こうした環境の中で、災害からしなやかに復旧するレジリエンスは、豊かな自然と共存しながら地域を運営していくための持続可能性において、不可欠な要素だと考えています。
地政学と安全保障
長崎は、地政学的に見ても安全保障上の重要な地域です。
地政学的に見ると、長崎は海上交通の要衝である対馬海峡を有し、東シナ海に面していることから近隣諸国との距離の近さが特徴です。山々が連なり、広大な海と多数の島々を抱える地形は、私たちの暮らしに豊かさをもたらします。その一方で、南西地域の防衛においては、陸上・海上・上空の各方面から、領土・領海・領空の安全、そして安定したシーレーン(海上交通路)の確保が求められます。
また長崎の安全保障は、地政学的要素だけでは語れません。歴史的要素も深く関係しています。明治時代には佐世保に旧海軍の拠点が設置され、海の要衝としての地位を確立しました。対馬海峡での海戦といった経験も重ねています。
昭和期には第二次世界大戦において原子爆弾による甚大な被害を受け、その記憶と平和への希求は現在まで続いています。さらに、恵まれた地形に伴い、戦後も防衛産業を担う重要な地域の一つとして存在感を持ち続けているのが長崎です。この長崎という地で安全保障を学術的に考えることは、地政学と歴史の双方の視点から、大きな意味を持つと考えています。
危機管理と社会
私がこれだけのことを長崎で考えることができるのは、学生の頃から積み重ねてきた学術的な危機管理の学びがあるからです。そして同時に、長崎で日々を過ごしているからこそ見える出来事や、ここで暮らし、働く人々の悩みや思いに触れてきた積み重ねがあるからだと思っています。
危機管理は、私たちの生活の中で脈々と紡がれてきており、これまでは行政機関による公共サービスがその多くを担ってきました。しかし現在は、行政機関におけるマンパワー、ノウハウの継承、財源、法制度、そして社会とリスクの多様化など、さまざまな要因が重なり、一人ひとりに合わせた柔軟な危機管理の提供が難しくなっています。
人々の小さな不安に応え、家庭や地域、事業者を含むあらゆるステークホルダーが、自らの手で安全をつくり出せるよう支えること。それが民間の危機管理の価値だと考えています。災害、公共安全、サイバーセキュリティ、安全保障など、普段は強く意識されにくい多様で複雑なリスクを見つめ、その知見を社会に還元していくことが私の使命です。
長崎に立ちながら、長崎を危機管理の視点で見つめる。しかし視野は長崎にとどまりません。九州へ、全国へ、そして世界へ。日本発の危機管理を世界に発信していきます。



