こんにちは、サニーリスクマネジメントです。今回は、9月末に報道されたアフガニスタンでの「未知の病気」・「未知の感染症」の流行を取り上げ、日本時間2024年9月30日正午時点で判明している病気に関する情報と、危機における情報発信の重要性についてお伝えします。
アフガニスタン周辺での主な感染症の流行状況
まず、アフガニスタンで「未知の病気」の発生が確認された9月下旬の周辺国での感染症の流行状況はどのようになっていたのでしょうか。当時、アフガニスタンからパキスタンを挟んだ周辺国・インドでエムポックス(サル痘)の感染者が確認されていました。
9月23日にインド南部のケララ州で確認されたエムポックスウイルスは、コンゴ等のアフリカ4カ国からスウェーデン、タイなど世界各地に拡大している強毒型変異株「クレード1b」でした。その急速な拡大と強毒性、地理的要因から、アフガニスタンでの「未知の病気」も一時はその関連性が疑われましたが、結局、関連性は不明とされています。実際、アフガニスタンで「未知の病気」が発生したとされるのは9月10日ごろであると考えられ、「未知の病気」の症状とエムポックスの症状との差異とともに、関連性は否定できるでしょう。では、アフガニスタンで確認された「未知の病気」にはどのような性質があるのでしょうか。
アフガニスタンの未知の感染症の正体
9月25日にアフガニスタンのタリバン暫定政権下にある当局が発表した内容としては、東部のパルワン州シンワリ地区で感染症(「未知の病気」)が発生し、25日までに約500人が罹患し、うち2人が死亡、50人が重体となっていることが明らかになっています。
この「未知の病気」の症状としては、激しい筋肉痛や下痢、発熱、嘔吐などが確認されており、25日時点で医療チームが原因特定作業を行っているとされていますが、病原体や感染経路を含めて、明らかになっていないか、報道されていません。報道の少なさにより正確かつ詳細な情報が公開されておらず、症状についても各紙で記載がまちまちとなっています。
それでは、「未知の病気」は一体どのような病気の可能性があるのでしょうか。未だ感染経路等が明らかにならず、症状という非常に限られた情報のみを使用しているためほぼ推察となりますが、その症状の側面から「未知の病気」に近い感染症を考えてみましょう。以降は情報源が「症状」のみに限られた考察となりますことをご了承ください。
まず、「未知の病気」の主要な症状である激しい筋肉痛に着目しましょう。仮にこれがウイルスによるものであるならば、この筋肉痛は「流行性筋痛症」の可能性があります。未知の病気における筋肉痛は四肢に出るほか、脱力感も認められるという一部報道もあり、この症状と、おそらく小児だけでなく成人も罹患していることを考慮すると「パレコウイルス感染症」の可能性が考えられます。
パレコウイルス感染症は本来小児が感染・発症する病気ですが、成人の感染例も報告されています。この感染症の主な原因であるパレコウイルスA3型は2004年に初めて発表された比較的新しいウイルスで、日本では2〜3年おきに流行しています。小児の症状が流行する夏から秋にかけて成人でも流行する傾向にあるようで、このウイルスは日本だけでなくオーストラリアなど海外でも異なる株が確認されています。パレコウイルスが引き起こす症状や感染症には、小児の場合、上気道炎や胃腸炎、ヘルパンギーナ、手足口病など多岐に渡り、新生児が罹患すると敗血症や髄膜脳炎といったより重篤な症状を引き起こすことになります。成人の症状では、腰や太腿といった身体に近い部分の筋肉の痛みや筋力低下、発熱などが主なものとなっており、下痢も少ないながらにみられます。
ただ、アフガニスタンで発見された「未知の病気」がパレコウイルス感染症に近いものであるとは断定できません。主な理由は、①罹患者数、②症状の分布です。①罹患者数について、パレコウイルス感染症と「未知の病気」の罹患者数を確認してみましょう。あくまでも「日本でのパレコウイルスの検出件数」と「アフガニスタンでの『未知の病気』の罹患者数」を対比したものとなるため、正確な比較とはならないことをご了承ください。1ヶ月間で検出されたパレコウイルスのうち、最も多かった検出件数は約200件(2014年7月)でした。一方で、アフガニスタンで9月25日までに確認された「未知の病気」の罹患者数は数日間で約500人と前者の2倍以上の数となっており、「未知の病気」はおそらくパレコウイルスよりも伝染しやすい感染経路や病原体自体が強い感染力を持っている可能性があると考えられます。また、②症状の分布についても、一部報道で現地の保健当局が飲料水を調べているとされていることから、「未知の病気」では下痢といった消化器症状が深刻な印象があります。一方でパレコウイルス感染症における成人の症状では筋肉の痛みや筋力低下が主なものであり、本質的な症状が異なる可能性は大いにあります。こういったことから、「未知の病気」はパレコウイルス感染症と関係があるとは断定できません。また、「未知の病気」の症状である「発熱」と「激しい筋肉痛」の両方に注目した場合、新型コロナウイルスにも同様の症状が見られますが、新型コロナウイルスでは下痢は比較的マイナーな症状であるとともに、「未知の病気」では呼吸器症状が確認されていないため、これも当てはまらないでしょう。
他にも、「未知の病気」の症状に挙げられる「下痢」や「嘔吐」の消化器症状に着目した場合、まず考えられるのは下痢と発熱の症状が共通する食中毒です。過去には1998年〜1999年に日本国内の46都道府県でサルモネラ菌に約1,700人が感染した例があり、特定の地域で500人以上が感染するというのは、広域食中毒の人数としては稀であるが考えないことができないわけではない人数です。しかし、やはり「未知の病気」の症状である激しい筋肉痛は食中毒では基本的に見られない症状であり、他にも、下痢の症状から水に関連する主な感染症として(a)コレラ、(b)細菌性赤痢、(c)腸管出血性大腸菌感染症、(d)ノロウイルス感染症、(e)プレジオモナス感染症、(f)腸チフスが挙げられますが、やはりいずれも発熱が稀であり、何より「未知の病気」の症状である激しい筋肉痛を伴うものがないため、これらも関連しない可能性が高いといえます。
判然としない実態、情報は無いのか届かないのか
アフガニスタンの「未知の病気」に関する情報は、9月25日(イギリス)、9月26日(日本)付近に初めて報じられて以来、一度も発信されていません。国内外に情報を発信しないことは、多大な不利益を生みます。まずは、この感染症に関する情報発信が少ない理由についてみていきましょう。
「未知の病気」に関する情報が少ないことの理由として、①現地の医療・保健に関する能力の不足、②暫定政権によるメディア規制の2点が挙げられます。
①現地の医療・保健に関する能力の不足、これは「情報の不足」に直結しています。感染症が確認された場合、感染者の治療も重要ですが、公衆衛生の初動として重要なのは状況の把握です。この場合における状況把握は、主に(a)感染者の検査と検体の解析による病気に関する情報の解明、(b)感染者が発見された地域を中心とした住民等の検査による感染者及び濃厚接触者の明確化です。さらに病気に関する情報や感染経路等が解明された場合を想定して細かいところまで言及すると、(c)感染者の行動を元にした潜在的な感染者や濃厚接触者の追跡、(d)乳幼児や高齢者、基礎疾患を持つ人の割り出しなども挙げられます。
ただ、こういった情報を得るには、各行政単位や国で公衆衛生や感染症対策を担う組織が確立されており、有事のスキームが明確化されていること、職員が訓練を受けておりある程度スムーズに動けることなどが必要です。しかし、アフガニスタンの医療は確立されていないというのが現状で、日本や他の医療先進国のような整った環境は首都のカブールでさえほぼ存在しないのが実情です。後述の記事で述べられるように、アフガニスタンの医療制度は外国からの支援に依存しており、2021年にタリバンが政権を再び掌握した後は資金不足や人的資源の不足が続いています。こうした状況ですから、迅速かつ的確な対応はまず望めません。
その初動の遅さは数少ない報道に如実に現れています。この感染症に関して最も早く報じたと思われる信頼できるメディアのひとつが報道した記事を見てみましょう。ロンドンから発信しているアフガニスタン人・アフガニスタンのディアスポラ(自国外へ離散した人々)向けのテレビ局「アフガニスタン・インターナショナル」は9月25日、「情報筋による」とした「未知の感染症」に関する記事を発信しています。この記事では、病院の情報筋が伝えた情報として、
"Hospital sources said on Wednesday that two weeks have passed since the outbreak of the mystery illness and two people have died so far due to it."
『病院の情報筋は水曜日に、未知の病気の発生から2週間が経過し、これまでに2人が死亡したと述べた。』
という一文があります。この記事が公開されたのが9月25日(水曜日)なのですが、この情報によれば、この時点ですでに「未知の感染症」の最初の感染者が発見されてから2週間が経過しているということで、遡るとこの感染症の発生は遅くとも9月11日ということになります。この2週間、地区や州はどのような対応をとってきたのでしょうか。アフガニスタンの医療状況を考えると、医療施設が逼迫していたり、十分な治療を施せなかったりしている可能性も十分に考えられます。また、1地区で流行しているとはいえ、同記事で記述されている感染状況に関する情報は州知事の広報担当者によるものである上に、25日時点で、タリバンの公衆衛生省からのコメントはないとのことです。
②暫定政権によるメディアの統制に関して、タリバンは2021年の暫定政権樹立後にジャーナリストが守るべき11の原則を新たに発表しています。この原則はアフガニスタン全土のメディアやジャーナリストに適用されるものですが、前政権崩壊前の規則で盛り込まれていた世界人権宣言などの国際的な内容が撤廃され、事実上その規則の内容はどのようにでも解釈できるようなものとなりました。アフガニスタン国内のメディアについては、タリバンが政権を再掌握した2021年8月時点で国営放送(テレビ・ラジオ)がタリバン支配下に置かれたほか、6件以上がタリバンに利用されており、35件が運営を停止していました。それが権力掌握直後から1ヶ月ほど経過した9月には、資金難等も含めて運営を停止したメディアは153件以上となっています。
この背景には、メディアからの機材の没収やジャーナリストに対する暴行や拘束が発生していることが挙げられます。特に女性ジャーナリストは危険に晒されており、アフガニスタンで活動しているジャーナリストやその家族の間では、国外へ脱出した人や自宅待機を続けている人も少なくありません。こういったことから、アフガニスタンでは情報発信以前に取材が難しい状況にある上、それを発信するメディアも機能しておらず、政府が公式に情報を公開しない以上、メディアは離れたところから人伝に情報を得るくらいしか手段がないのです。
情報の不在は深刻な危機である
危機管理において有事の情報の不在は、現地が深刻な状況であると捉えます。例えば災害時に被災したと思われるところから情報が入らない場合、観測機器のキャパシティを超える被害があった可能性や、災害により行政機関やメディア自体が被災している可能性、停電や通信の途絶等によって連絡が取れない可能性を考えます。
感染症の場合は、最悪を想定すると、地区の病院が機能しないほどの医療逼迫や、現地行政機関が機能しないほどの混乱が発生している可能性が予想されます。今回の「未知の病気」が確認されたアフガニスタンは、そもそも長い紛争という混乱した状況下にありますから、そこで感染症の流行が発生したとなると、混迷を極めるでしょう。
「未知の病気」の情報は、タリバンのメディアに対する政策が変わらない以上、あるいは流行の深刻化により外国の医療団体や国際的な団体が関与しない限り明らかにならないでしょう。まずは現地対応が進められるとともに、現在の状況が少しでも世界に開かれることが望まれます。
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