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執筆者の写真Hinata Tanaka

逼迫する救急搬送、救急有料化も検討 適正利用に向けた取り組みとは?

こんにちは、サニーリスクマネジメントです。

今夏も毎日茹だるような暑さが続き、7月でありながら40℃を記録する地点もみられています。そんな厳しい暑さの下、街で多く見かけるのが救急車ではないでしょうか。消防の救急出動は近年、環境や感染症の流行といった現象による頻繁な出動による逼迫や、不適正利用の増加などが課題となっています。今回は、そんな救急出動に関する課題や今後の動きをみてみましょう。

 

救急車の繁忙期はいつ?

 

救急出動は夏と冬に突出して多くなる傾向にあり、東京消防庁による2022(令和4)年の月別出動件数では、1年の中で7月が最も出動件数の多い月であり、その件数は約8万9,000件。平均すると1日で2,800回ほど出動しています。これをさらに細かく計算すると、1分あたり1〜2回出動していることになります。

 

夏場に救急出動が増加する主な要因としては、①暑さ、②イベントの増加、③レジャー事故が考えられます。①暑さについては言わずもがなですが、高温に伴う熱中症等による体調不良が多くみられます。気温に対する感覚や体力が弱い高齢者や子どもの場合、1人でいるときに冷房を点けたり、体を冷やしたりするといった対策を取ることができず、救急搬送を要する場合が生じます。②イベントの増加については、夏場になると夏祭りや花火大会、音楽フェスティバルといった大規模イベントが多く開催されることにより、参加者の中で急病人や事故が発生しやすいということが関係しています。③レジャー事故については、海水浴や登山、キャンプ等を行っている間の事故が関係しています。交通事故や水難事故、登山中の転倒や滑落など、救助活動も同時に要するケースがあります。

 

近年の救急出動の傾向

 

毎年の救急出動件数は概ね増加傾向にありますが、ここ5年あたりで、ある変化が見えてきました。総務省消防庁が公表した「令和5年中の救急出動件数等(速報値)」によれば、2023(令和5)年の救急自動車(救急車)による救急出動は前年比5.6%増の763万7.967件で、搬送された人数も6.8%増の663万9,959人と、前年に続き出動件数・搬送人数ともに増加していることが窺えます。

 

ここで注目したいのが、不搬送の増加です。2023(令和5)年の出動件数と搬送人数の推移をもとに不搬送のみを抽出したのが、下のグラフです。搬送件数の増加に伴い不搬送も増加していますが、令和に入ってから全体の搬送に占める不搬送の割合が大きくなっています。


オレンジのグラフ

不搬送は、救急隊が通報者のもとに到着したものの様々な理由(不搬送理由)により救急隊が搬送しなかった場合を指しますが、その不搬送理由は、総務省消防庁により8つが定義されています:

 

・辞退:本人等が搬送を辞退・拒否し、救急隊員も搬送の必要性はないと判断したもの

・拒否:本人等が搬送を辞退・拒否したが、救急隊員は搬送の必要性があると判断したもの

・明らかな死亡:救急隊到着時、傷病者が明らかに死亡しており、搬送しなかったもの

・他車(隊)搬送:他車(隊)により、傷病者が医療機関等に搬送されたもの

・傷病者なし:事故等の事実があり、傷病者が発生しなかったもの

・立ち去り:救急隊到着前に立ち去っていたことが確認できたもの

・誤報・悪戯:事故等の事実がなく、悪戯や誤報を確認できたもの

・その他:上記以外のもの

 

不搬送は主に、「辞退」や「拒否」が半数以上を占めています。東京消防庁による2021(令和3)年の統計では、出動件数の15.6%にあたる約12万件が不搬送となっており、その内訳は「搬送辞退・拒否」が70.6%、次いで「社会死」(=「明らかな死亡」)が10%、「傷病者の発生事実なし」(=「傷病者なし」)が6.5%、「誤報」が4.2%、「立ち去り」が2.3%でした。

 

実は近年メディアで取り上げられることがある「立ち去り」や「誤報・悪戯」は割合で見るとそれほど大きくはないのです。しかし、総務省消防庁や市区町村、消防が適正利用を呼びかける背景には、搬送者の傷病程度が関係しています。

 

東京消防庁によると、2021(令和3)に救急搬送された人の初診時の傷病程度は、軽症が51.4%、中等症が40.4%、重症以上が8.2%であることが明らかとなっています。傷病者の重症度は次のように定義されています:

 

・軽症:入院を要しないもの

・中等症:生命の危険はないが入院を要するもの

・重症:生命の危険の可能性があるもの

・重篤:生命の危険が切迫しているもの

・死亡:初診時死亡が確認されたもの

 

東京消防庁の統計に立ち返ると、入院を要しない「軽症」が搬送者の半数以上を占めていることがわかります。このことが救急出動の効率低下や隊員の圧迫、救急車到着の遅れ等に繋がり、中等症や重症以上といった、今すぐに医療機関等への搬送が必要な人のもとに救急隊が駆けつけられないという問題に直結しているのです。

 

検討進む「選定療養費」の導入(救急有料化)

 

近年、救急出動の過度な増加や救急隊のキャパシティを超えた出動要請への対策として、救急有料化がしばしば話題にあがります。実際に導入されているのは救急搬送された場合で軽症であったときに「選定療養費」を請求するというもので、これがいわゆる「有料化」に該当します。

 

選定療養費」は、2016(平成28)年の健康保険法改正に伴い創設された保険外併用療養費制度の一部で、200床以上の地域医療支援病院(*1)は、紹介状なしで受診した場合に診療費等に加えて7,000円以上の金額を徴収することが義務付けられています。この「7,000円以上」が「選定療養費(*2)」にあたります。2024年に入ってからは、三重県松阪市内の3つの基幹病院(2008(平成20)年から同制度を導入の1軒を含む)が「選定療養費」として7,700円の徴収を開始したほか、7月26日に茨城県知事が2024年12月1日から県内の大病院において救急外来を受け付けた場合、患者が軽症等緊急性を要するものでなければ「選定療養費」として7,700円を徴収するという選定療養費の取り扱い変更を表明しており、救急出動や要請の増加による救急や病院の逼迫が深刻な地域をはじめとしてこの制度の見直しが進んでいます。


【選定療養費の変化】 

(従来)「選定療養費」は大病院を紹介状なしで受診した場合に徴収する

    (ただし救急の場合は徴収対象外)

(一部地域)これまで徴収対象外となっていた救急のうち、一部のケース(例えば、

      軽症など緊急性を要しない場合)で「選定療養費」を徴収するよう変更

 

(*1)地域医療支援病院:原則として国・都道府県・市町村・社会医療法人・医療法人等が開設しており、紹介率・逆紹介率や救急医療等に関する要件を満たす、200床以上及び地域医療支援病院としてふさわしい施設を有している病院。

(*2)選定医療費は、生活保護法による医療扶助の対象者や治験協力者、被災者、労働災害・公務災害・交通事故・自費診療など、徴収対象外となるケースが複数あります。

 

救急搬送は無償か有償か?それぞれのメリット・デメリットは

 

救急搬送については、国によって無償としている国と有償としている国があります。救急搬送を無償としていることで有名な国のひとつが、私たちの過ごしている日本。日本では現状、基本的に救急搬送を無償としています。救急搬送が無償である場合のメリットとデメリットは次のようになります:

 

【メリット】

・経済的な状況に関わらず、誰でも必要な時に救急搬送を要請できる

・要請時に費用を心配することがなく、金銭的・心理的負担が比較的軽い

・多くの人が救急を利用できることで、社会全体の安全や健康が向上する

 

【デメリット】

・政府や自治体の財政に大きな負担がかかる

・不適正利用(緊急性が低い利用)が増加する

・救急車や救急隊員の不足により、本当に救急搬送が必要な人に対応できなくなる

 

一方、救急搬送を有償としている国としてはアメリカがよく知られています。料金体系は消防局によって異なりますが、例えばアメリカ国内でも特に医療費が高い地域であるニューヨーク市消防局の例では、搬送距離や処置内容によって異なるものの、約5万円を徴収することとしています。救急搬送が有償の場合のメリットとデメリットは次のようになります:

 

【メリット】

・利用者が費用を意識することで、不適正利用が減少する

・料金収入により、政府や自治体の財政負担が軽減される

・収益により、救急サービスの質の向上や設備の充実、本当に必要な人へのリソースの配分が可能となる

 

【デメリット】

・費用を懸念し、本当に救急搬送が必要な場合であっても要請をためらう人が出てくる

・経済的に困窮している人が必要な医療サービスを受けられない

・自己判断で救急搬送を控えた場合、適切な医療処置が遅れ、病状が悪化する可能性がある

 

こうして比較してみると、救急搬送は無償であっても有償であっても、双方にメリットとデメリットがあることがわかります。上記に挙げた日本とアメリカの国家のあり方から考えると、日本は公的サービスを国民に広く届けることに重きを置いていたり、一方のアメリカは個人の権利を重視していたりと国によって考え方が異なるため、こういった公的サービスの運用に関しては、その国の性格とともにそのバランスを見極めることが重要となります。

 

それでも大きくなる、選定療養費負担の可能性…迷ったときはどうする?

 

現状国内の一部地域で導入されている、緊急性のない救急搬送の場合の選定療養費負担。本当に早急な救急搬送が必要な場合は躊躇わず119番で救急出動要請を行うことが必要ですが、病状が119番を行うほどの緊急性であるかどうか、明確な判断が難しい場合もあるでしょう。ここでは、救急車の適正利用に役立つ制度や、多様化する救急関連事業についてご紹介します。

 

急な怪我や病気をして、救急車を呼ぶべきか、今すぐ病院に行ったほうが良いのか、判断が難しい場合は、救急安心センター事業「#7119(*3)へ電話をかけましょう。#7119では、電話口で医師や看護師、相談員等専門知識を有するスタッフに相談することができ、怪我や病気の症状を把握して救急車を呼ぶべきか、急いで病院に向かうべきかのアドバイスや受診できる医療機関の案内等を受けることができます。また、#7119の小児科版(15歳未満向け)として、子ども医療電話相談事業「#8000も用意されています。#8000では、小児科医師や看護師から適切な対処方法のアドバイスや受診する医療機関の案内等を受けることができます。いずれも365日24時間体制で対応しています。

 

また、緊急性の低い通院や入退院、転院等の場合に活用できるのが、民間救急やサポートタクシーです。いずれも乗務員が一定の講習等を受講していたり、消防局から認証を受けていたりと、信頼性や安全性に配慮されたサービスとなっています。民間救急やサポートタクシーは通常のタクシー等と同様に料金がかかりますが、民間サービスであることから、より質の高い対応が期待できます。利用時間や行先を指定することができるため、公的サービスよりも自由度の高い利用ができることが特徴です。これらのサービスは病院への移動だけでなく、引越しや空港等からの移動にも利用でき、ストレッチャーや車椅子で移動する場合は民間救急、自身で歩行が可能な場合はサポートタクシーなど、柔軟な使い分けが可能です。

 

特にサポートタクシーの中には、出産を控えた妊婦に対応したものもあり、陣痛や破水、腹部の痛みや出血等の緊急を要する症状がなく、緊急性が高くない場合の病院への移動に利用する例も見られます。さらに、東京都では「東京民間救急コールセンター」も運営されており、センターに電話することで、オペレーターから、利用者に応じた民間救急・サポートタクシー事業者の案内を受けることができます。民間救急やサポートタクシーは地域によって事業者が異なるため、ご利用予定の自治体別にインターネット等で検索されることをおすすめします。 

(*3)「#7119」は、2024年7月時点で、北海道の一部地域・宮城県・山形県・福島県・茨城県・栃木県・埼玉県・千葉県・東京都・神奈川県の一部地域・新潟県・富山県・山梨県・長野県・岐阜県・愛知県の一部地域・京都府・大阪府・兵庫県の一部地域・奈良県・和歌山県の一部地域・鳥取県・広島県・山口県・徳島県・香川県・愛媛県・高知県・福岡県・熊本県に導入されています。また、#7119以外の番号で救急電話相談を受け付けている地域もあります。詳しくはお住まいの自治体のHP等を参照ください。

 

変わる救急、適正利用で本当に必要な人のもとに救急車がいち早く到着する社会へ

 

消防による救急搬送は、要請件数や不適切利用の増加だけでなく、消防本部そのものの財政負担の増加や人員不足などにより逼迫する地域が増加しています。その一方で、適正利用に関する広報や、救急電話相談の拡充、民間救急・サポートタクシー事業など、自治体・民間の両方で、救急搬送のサービス向上に向けた取り組みがなされています。

 

いつ利用することになるかわからない、でも利用するときは緊急事態。そんな救急車の利用について、平時のうちから知っておくことで、救急車を利用するかもしれない場合に、どのような対応を取るのが適切か、冷静に検討し、対応することができます。

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