こんにちは、サニーリスクマネジメントです。
今回のブログでは、モロッコで2023年9月8日午後11時(現地時間)に発生した地震に関して、過去にモロッコやその周辺で発生した地震や地理的な性質を踏まえた、「モロッコの地震」について考えていきます。
モロッコはどんな国?
さて、まずは今回のテーマである「モロッコ」について見ておきましょう。モロッコは北アフリカ北西部に位置しており、正式には「モロッコ王国」と呼ばれる立憲君主制の国家です。人口は約3700万人で、アラビア語・ベルベル語を公用語としています。北大西洋・ジブラルタル海峡・アトラス山脈・サハラ砂漠など多様な自然に恵まれており、羊毛やオリーブ、繊維に使用される植物の栽培や漁業・鉱業・貿易・金融などで栄えています。また、アフリカ有数の経済都市かつ国内最大都市であるカサブランカ、古都マラケシュやフェズの旧市街など観光地としても知られる都市を有しています。
Sébrier et al. (2006)をもとにおおまかな断層の位置を記載(青線)
地質学的観点から国土を見てみましょう。もともとモロッコは北部のジブラルタル海峡付近を境にしてユーラシアプレートとアフリカプレートという岩盤の交わるところに位置しており、古くからポルトガル周辺での海域で地震が多く発生していました。また、モロッコにはその国土を横断する形で「アトラス山脈」という山脈が存在しており、その中でも高アトラス(High Atlas)・中アトラス(Middle Atlas)・小アトラス/アンティアトラス(Anti-Atlas)などさらに細かい区分がなされています。これらは地図上に青線で示した断層を構成する山脈となっており、特に中央の高アトラスに沿って広がる大きな断層や小アトラスを突き抜けるように伸びる断層など、現在判明しているだけでもこれだけの長い断層が走っていることが分かります。
モロッコでの地震の歴史
プレート由来・断層由来と様々な地震のリスクがあるモロッコは、これまでの歴史の中でも多くの地震に遭ってきました。次に示すのは、16世紀から現在までに至るモロッコ周辺の地震のうち、地震そのものの大きさを表すモーメントマグニチュード(Mw)が5以上のものや被害が大きかったものを記載した地図です。
記録が残っているもののうちで古いものには1522年にフェズで発生した地震があります。当時はワッタース朝フェズ王国の中期にあたり、地震の規模や細かな被害は明らかにはなっていないものの数百名規模の死者が発生したとされています。また、同じくフェズが再び地震が発生した1624年は当時の王朝であるサアド朝が内乱状態にあったなかでの災害でした。
モロッコでの大きな地震は現代に向かって増加傾向であると考えられ、特に1960年代以降はポルトガルに近い北大西洋での地震やアトラス山脈の断層に沿った地震が多く発生しています。1960年2月の地震はまさに断層直近を震源とした地震で、モロッコ西部の都市・アガディールで多くの建物や人命に被害がありました。
史上最大の地震か
モロッコでは1960年の地震がその被害も含めて最大の地震であるとされてきました。それが、2023年9月の地震はそれを遥かに超える被害をもたらした史上最大の地震になったと考えられます。
USGS (米国地質調査所)によるデータをもとに作成した揺れの分布をおおまかに示したもの。メルカリ震度階級「IX(Violent: 猛烈)」以上をオレンジ、「VI(Strong: 強い)」以上「VIII(Severe: 深刻)」以下を黄、「V(Moderate: 中程度)」を黄緑で示している。
まず、2023年9月8日午後11時(現地時間)に発生した地震そのものについてみていきましょう。今回の地震はモーメントマグニチュード6.8、深さは18.5kmから26kmと地震そのものの強さの大きいことに加えて浅いところで発生した内陸型直下地震でした。現地で観測した震度は気象庁の震度階級に置き換えると震度5強から震度6弱にあたります。
震源が浅いということは震源が地表に近いということを意味します。つまり、地震動は発生時のエネルギーの多く保持したまま地表に現れることになり、それにしたがって地表での揺れも大きくなります。また、地震動が地表に現れる時間も非常に短いため警報(日本での緊急地震速報)の発出が間に合わないリスクがあるほか、震源の浅い地震は未発見の断層が原因で発生することもあり、発生箇所を探ることが難しいとされています。
震源・揺れの分布と断層の分布を合わせると、このようになります。アンティアトラスに沿って伸びている断層に沿ってアガディールからアルザザートまでにメルカリ震度階級「V(Moderate)」以上の揺れが観測されていることや高アトラス西部にあたるマラケシュの南西にあたる地域でメルカリ震度階級「IX(Violent)」を観測していることなど、比較的大きな規模の揺れは山脈やそこに存在する断層の流れに沿って伝播したとも考えられます。
被害拡大の要因
地理的・地質学的側面から見てもこの地震が大規模なものであったことは明らかですが、その被害が拡大した要因として①地震の発生した時間帯、②建物の耐震性能の2点が大きく挙げられます。
①地震の発生した時間帯についてですが、今回の地震が発生したのは現地時間で夜の11時。多くの人が寝ていたり、これから寝ようとする時間です。夜間の災害においては、就寝中であるために災害の発生に気づきにくい・暗さで周囲の状況が分からなかったり逃げ惑ったりしてしまう・寝巻を着ているため外着よりも身体を保護しにくいというその時間帯特有のリスクが発生します。また夜間であれば気温が下がるため季節や気候によっては低体温症のリスクも考えられます。
②建物の耐震性能については、歴史的背景としてモロッコ北部は古くから大地震が多かった一方、中部は現代に入ってから大地震が観測されるようになったために建物の耐震が進んでいなかった可能性が挙げられます。モロッコでは伝統的かつ一般的な建築手法として「タビア」と呼ばれる工法が現代でも使用されていますが、これは、並べた丸石の上に粘土を棒で突き固めて重ねて壁などを作る古代中国の工法「版築」に似た手法で、Stulz et al.(2014)によれば、タビアにおいて耐久性を高めるのに混ぜる石灰の量が地域別に異なっており、粘土中の石灰の量がフェズやメクネスでは約47%を占めているのに対し、マラケシュでは約17%を占めているとされています。これらの数字はその地で入手できる材料の違いによって現れている可能性が高いですが、過去に発生した大地震の観点から考えてみると、中世に大地震が頻発していたフェズやメクネスでより強固な粘土が使用されていることにも頷けるかもしれません。
また、モロッコにおいては砂漠地帯を中心に住宅や公共施設、モスクなどは暑さや日差しによる建物の劣化などを防ぐために煉瓦で作られることが多く、ミナレット(モスク等に付随して建てられる尖塔)やモスクも、中世に煉瓦や石を用いて建造されたものが宗教施設及び観光施設として使用されています。さらに、モロッコの住宅は基本的に隣家と壁を接する形で建てるため、ひとつ地震が起きれば複数世帯の家屋が同時に揺れたり、耐震化を行うにしても隣家や複数世帯との合意が必要であったりするという特徴があります。
このほかにも、観光地であるマラケシュに被害が集中していることから、観光客として訪れていた外国人の中には地震に不慣れな人がいたり、現地の病院等が観光客の治療までをもカバーできなかったりと観光地特有の災害リスクが影響している可能性もあります。また、山間部も多くの被害を受けており、建物の倒壊や道路の寸断によって救助活動が難航しています。
復旧に向けて
モロッコではファーストレスポンダー(発災直後のプロフェッショナル救助者)としてモロッコ王立空軍並びに陸軍が中心となって救助活動を行ってきましたが、同国の内務省は発災から2日後に支援要請を発表、アラブ首長国連邦、カタール国、スペイン王国、英国に限って救助隊を受け入れる方針を示しており、スペインの救助隊が現地時間10日にモロッコ入りしています。同国内務省の発表によれば、死者・負傷者ともに2000名を超えているとのことです。
多くの被災者は余震によるさらなる建物の崩壊から逃れるために屋外で過ごしており、度重なる揺れの中、路上で生活をしているとのこと。さらに医療物資や食糧・飲料水の不足も深刻で、特に山脈を縫うように造られていた道路の寸断により、山間部の物資状況は特に厳しいものになると考えられます。
まずは、一人でも多くの人を救出し治療すること、そしてそのために少しでも早く物資や人々を運ぶためのロジスティクスを復旧することが望まれます。
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