JICAアフリカホームタウン認定とSNSで見えた移民デマの拡大
- Hinata Tanaka

- 8月28日
- 読了時間: 11分
こんにちは、サニーリスクマネジメントです。2025年8月25日、JICA(独立行政法人国際協力機構)が、8月21日に公表していた「アフリカ・ホームタウン」認定について、関係国の政府や現地メディアなどが誤情報を発したことを発端として、日本人のSNSユーザーの間で「移民促進」「特別ビザ発給」などの誤った認識が広がりました。
本来は人材交流を含む国際交流の枠組みだったものが、なぜ「移民・特別ビザ」にすり替わり、日本でも大きな話題になったのでしょうか。今回は、「アフリカホームタウンデマ」の真相と本件から見えたSNSという情報空間における日本人の脆弱性について見ていきます。
【目次】
JICAアフリカホームタウンに関するデマ拡大の経緯
JICAアフリカホームタウンの概要
JICAアフリカホームタウン認定とは、そもそもどのようなものなのでしょうか。独立行政法人国際協力機構(2025)によると、これまでに各自治体が築いていたアフリカ大陸の国々との関係や国際交流を、人材交流や連携イベントなどの支援を通じてより強化することでアフリカの課題解決や日本の地方活性化に貢献することを目的としていることがわかります。認定を受けた自治体(括弧内は交流するアフリカ諸国と交流の背景)は次のとおり:
これらの自治体と国が人々の交流や連携したイベントを開催することで、お互いに課題解決や地域活性化などのメリットを創ろう、という国際交流の一環として立ち上がったのがJICAアフリカホームタウン認定です。それがなぜ、「移民促進」や「特別ビザの発給」といった話題につながったのでしょうか。
現地メディア・政府による誤った情報発信
8月25日、関係国政府やアフリカのメディアは次のようなことを発信しました:
長井市がタンザニアの一部になると誤解を与える言い回し
移民の受け入れ促進
日本との往来のための特別ビザ発給
これらは全て、誤った情報です。タンザニアの「The Tanzania Times」やナイジェリアの「Premium Times」、西アフリカ・中央アフリカ向けのニュースを扱う「BBC News Pidgin」などがこうした報道をしたとされており、JICAは同日現地政府やメディアへの訂正を申し入れ。The Tanzania Timesは26日に訂正記事を出したほか、ナイジェリア政府も発表を削除した上で訂正しました。
こうしたJICAや外務省と関係各国の対応の裏で、X(旧Twitter)を中心とした日本のSNSでは誤った報道内容が政治系インフルエンサーなどを端緒としてセンセーショナルに拡散され、関係国の訂正後も「JICA解体」という言葉がちらついています。また、関係自治体では多いところで5,000件の問い合わせがあり、職員は対応に追われており、SNSを超えて現実世界にも影響が出ている状況です。
なぜ一部のSNSユーザーはデマを信じたのか
JICAや外務省、関係自治体が公表している一次情報を見ればすぐに誤情報だと分かったはずの本件。なぜ一部のSNSユーザーはそのデマを信じているのでしょうか。本件にフォーカスすると、①インフルエンサーや著名人の発信への依存、②一部メディアに対するブランド信仰、③制度に関する知識・理解不足、④政府や自治体に対する不信感の4つが浮かびます。
①インフルエンサーや著名人の発信への依存
現代のSNSでは、情報の正確性や事実であるかどうか(何を言ったか)よりも、誰が言ったかが重視される傾向にあります。アカウントをフォローして毎日投稿を見ているインフルエンサーや信頼できる著名人がそれらしいことを言っていたら、それが正しいと思えてくることはありませんか?
本件ではアフリカで報じられていた誤情報を日本に輸入し、それを誤情報と知っていても、あるいは知らなくても、センセーショナルに取り上げた「拡散のもと」となるアカウントがいくつかあります。そうしたアカウントを見る方は思わず「これは危険だ!」「いますぐアフリカホームタウンは白紙だ!」と思ったのではないでしょうか。
②一部メディアに対するブランド信仰
誤情報を信じた方の中には、「BBCがそう報道しているから正しい」という意見もみられました。確かに本件の発端となったメディアの中には「BBC」が入っていますが、本件に関わるBBCは本部ではなく、本部が世界各地で展開する「BBCワールドニュース」傘下の西アフリカ・中央アフリカ向けデジタルプラットフォーム「BBC News Pidgin」なのです。
BBC News Pidginは2017年に始動したばかりの新しいデジタルメディアで、アフリカの現地メンバーが運営しています。BBC傘下ということで一定のファクトチェックや公正な報道は担保されているかもしれませんが、本件に関しては、日本という国際協力に積極的な先進国が主導のプロジェクトを扱うにあたり、日本が自国やアフリカの支援を手厚く進めくれると報道することで国際的価値を上昇させようと飛躍した内容の記事を公開した(政府の場合は、公的なアナウンスメントを行った)可能性も否めません。
③制度に関する知識・理解不足
また、誤情報を信じた人の中には「そもそもJICAって何やってるの?」「ODA(政府開発援助)は『バラマキ』」と考えている人もいらっしゃるかもしれません。
ですが、実態はどうでしょうか。ODAは外務省が行う外交政策として行われる経済協力の公的資金であり、このODAを活用して日本から世界に向けてはインフラ構築支援や人材育成支援などを、世界から日本に向けては世界での日本の信頼性を向上する活動や日本経済を安定・成長させる活動などを行っており、日本と世界の双方向で日本のため・世界のためになる仕組みなのです。大規模なプロジェクトには多くの人員や予算が割かれますが、パンデミックといった国際的危機が発生したり、世界各地で自国ファースト政策の傾向が進み分断が深刻化していたりといった世界情勢の中で、ODAによる活動はそれらを克服し世界がより良く発展する・日本に対する信用の維持向上にもなるといった効果をもたらしています。
そして、JICAもそんなODAに協力する機関。JICAの活動は国内外さまざまな分野で数えきれないほどありますが、例えば海外では、COVID-19感染拡大防止のための医療研修や、女性に対する暴力に対応できる女性警察官の育成、高品質なカカオ生産のためのカカオ農場での生産状況の調査や農家との関係づくりなど、「国際協力」らしいものから私たちの日常に関わるものまで、さまざまなプロジェクトが同時多発的に動いています。
関係する項目の知識や認識不足の影響が顕著だったのが、前述の新潟県三条市・慶應義塾大学SFC研究所・JICAの三者による「地域おこしと国際協力の研究開発と推進に関する連携協定」。この中に「三条市での定住・定着促進」という文言があったために「アフリカの報道・発表内容の裏付けになる」というデマを強化する情報が出回ったのですが、これは、協定に基づくプロジェクトに関わった元JICA 海外協力隊の日本人が三条市での地域おこし協力隊の活動後に三条市での定住や定着がしやすいようにする、という内容であり、JICAも同様に説明しています。
地域おこし協力隊は、1〜3年間、過疎地域などに住みながら地域おこし支援や一次産業への従事を通して地域活性化に取り組むプログラムで、任期終了後の定住率は7割程度。定住する人を増やしてより長期的に地域密着で活動を続けてもらったり、地域おこしのノウハウを継承したりするためにも、上記の地域おこし協力隊として活動した人の定住・定着促進が重要なのです。
こうしたことを知らなければ、文書の一部の文言を切り取ってデマに繋げてしまったり、またそうした情報を疑うことなく信じやすくなってしまうのです。
④政府や自治体に対する不信感
さらに、こうした情報を信じた方の一部では、すでに政府や自治体に対する不信感があるのではないでしょうか。近年では政治系インフルエンサーなどが強い言葉で扇動することもあり、まるで政府が市民の「敵」であるかのような印象を広めることもあります。
人は誰しも、悪い印象を持っているものに対しては疑ってかかったり、粗探しをしたりするものです。本件でJICAや外務省、関係自治体が誤情報の否定や報道内容についての説明をしたり、現地政府やメディアが訂正をしたりしてもなおデマの拡散が止まらないのは、すでに一定のコミュニティの中で醸成・強化された政府や自治体といった既存の権威への不信感という土壌があるからかもしれません。
情報戦としての側面
本件は一見「デマがそのまま信じられて現実にも影響が出た」という状況ですが、これを情報戦として見てみるとどうでしょうか。まずは、本件の経緯を改めて振り返りましょう:
関係国政府や現地メディアが誤った情報を出す
JICA・外務省や関係自治体が否定、一部誤報道や発表が訂正される
一方でSNSでは政治系インフルエンサーを中心に誤情報拡散
関係自治体に問い合わせ殺到
デマの拡散は止まる様子がなく...
こうした状況です。発火点が関係国の政府や現地メディアによる誤情報だとすれば、拡散燃料は日本国内のSNSユーザーの一部で観測された不信感や一部の政治系インフルエンサーなどを端緒とするコミュニティと捉えることができます。
JICAと関係国や関係自治体との調整、第9回アフリカ開発会議(TICAD9)での共通認識づくりが円滑に進んでいたかなど検討の余地はありますが、結果的にJICA・外務省や関係自治体は対応に追われ、日本のアフリカを含む国際シーンでの信用が一時的に揺らぎかねない事態となっています。
SNSが中心とはいえ日本の国民感情や世論が混乱するだけでなく、日本の国際的信用が揺らいだ場合に得をするのはどういった立ち位置の組織でしょうか?まず考えられるのは、多極的世界秩序を目指すロシアやそれを支持する中国といった権威主義国家でしょう。
権威主義国家からすれば、自国ファースト政策を取ることなく、未だ国際協力を進め多極化を遅らせている日本が、国内の動きで勝手に国際的信用を落とすということは「美味しい」状況かもしれません。何せ、自国は最低限の関与または無関与で済んでいるのですから。
自分の手で情報戦に負けるという危機(クライシス)
本件は確かに関係各国の誤情報が発端でした。しかし、それがアフリカ諸国のメディアで報道されたり政府が誤った公表をしたりしただけでは、日本の世論を揺るがすような事態にはならなかったのではないでしょうか。
もしかすると、SNSがない時であれば、一部の新聞社が煽るように投稿し、それが噂になり、政府が否定して収まる、あるいは報道すらされずに市民の耳に入る前に外交レベルで対処されていたかもしれません。
国内で誤情報やデマ、陰謀論が増幅され、自治体の業務を妨害したり、日本の国際的信用の低下を招いたりという実害が出ている、外圧ではなく「内側から崩れるパターン」が非常に危険なのは、歴史が証明しています。
古代ギリシャの都市国家アテナイは民主制の内部対立やポピュリズムによる民衆の煽動、衆愚政治で意思決定が迷走し、内部分裂が致命傷となって瓦解しました。近代の巨大国家・ソ連もペレストロイカで統制が効かなくなり国民の不満も高まって崩壊に。イギリスのEU離脱(ブレグジット)でも、外国勢力の干渉も疑われたものの、最終的には国内の分断で、国民が自ら離脱に票を投じ、結果的に経済と政治の両面で影響を受けています。
分断や不満の高まった理由や組織はそれぞれであるとはいえ、内側から崩れる、国民が自らの手で国を滅ぼすということは珍しくもなく、古典的に見られてきたことです。そしてまさに、今の日本の状況、特に本件に関してもこれに通じたものが感じられます。
現代社会はデマに弱すぎる
今回の「JICAアフリカホームタウン」に関するデマの拡散は、JICAの失敗よりも日本社会のデマに対する脆弱性を決定的に露呈した出来事であるといえるでしょう。現代は、SNSでのトレンドが世論の一部として扱われます。たとえそれがノイジーマイノリティ(声の大きい少数派)によるものであったとしても同じことです。国民が自らの手で国を滅ぼす、またそれに近い状況は「異常」ともいえますし、危機感を持たなければなりません。
極端に感情を煽ったり、あまりにも都合の良い話が出てきた時には、一度手を止めて「本当かな?」と疑ってみること、気になったら一次情報をあたること、気になるトピックに関する情報は日頃から一次情報を中心に学ぶこと、そしてどんな情報にも冷静に向き合うこと。今、私たちにはそうした情報リテラシーが求められています。





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